脳科学から考える生活習慣の見直し方
□生活習慣を見直し、日々運動することは容易ではない
いつまでも元気で健康にいる為には、生活習慣を見直し日々運動
することが大切であることは異論のないことと思います。
しかし「言うは易し、行うは難し」で、現実的には、生活習慣を
見直し日々運動することはなかなか容易ではありません。
「からだに良いのは分かっているのだけど、できない」
なんてことは、しばしばです。
なぜ、健康に良い事を自覚しているのに、それができないのでしょう?
□行動の80%以上はおきまりの習慣に従っている
池谷裕二氏著「脳には妙なクセがある」(扶桑社)に、大変興味深い
記述があります1)。なんと、私たちの行動の80%以上はおきまりの習慣
に従っているというのです。
Barabasi氏らの研究によると、5万人の方の携帯電話の使用履歴を3ヶ月間
に渡り調査し、移動のエントロピー(※無秩序さを表すパラメーター)を
算出すると、0.8ビットと少なくヒトの居場所は、日頃の行動パターンから
平均2ヶ所以内に絞ることができることが分かりました。2)
さらに、移動パターンをどこまで言い当てることができるかの予測率
(ファノ不等性係数)を計算すると、予測率はなんと93%、不規則な
生活の方でも80%を下回ることがなく、ヒトの移動パターンは80%以上
の高確率で予測できることも分かりました。2)
池谷氏いわく、私たちは自分の意思で行動しているように思われます
が実は、行動の大部分は環境や刺激、あるいは普段の習慣により
もたらされる「思考癖」により、すでに決まっているといいます。
□「何をしようか」と考えた時点で、すでに答えは決まっている
Pascual氏の研究報告3)4)によると、物を指でさすという課題において
「自分の意思で右手を選んだ」と自覚し右手で物を指す人に対し
本人が気づかない状況で右脳を電極で刺激すると、左手を多く使う
ようになりますが(左手は右脳が支配しています)、その際、人は
「自分の意思で左手を選んだ」と信じ込むようです。
また、「ボタンを押す」という行為の平均7秒前には、運動を
プログラミングする「補足運動野」が活動を開始し、「ボタンを押す」
準備を行い、その後、「押したい」という感情が生まれてから
ボタンは押される為、「意思」は補足運動野の活動の「後付け」
に生まれるものといえます。
つまり、意思決定権は自分(意識下)にはなく、脳(無意識下)
にあり、行動は「反射」に近しいというのです1)。
よって、脳科学の知見から物事を考えますと
「(意識して)、生活習慣を見直すこと」
「(意識して)、日々運動すること」
は、実は、相当難しい、あるいは不可能に近しいという事になります。
つまり、対象者が意識的に行っている(やらなければならないと強く
意識している、そんな意識している自分を自覚している)うちは
定着させることは難しいのです。
□無意識に行っている生活習慣に対する工夫を考える
健康に良い生活、運動習慣を定着させる為には、意識的に行っていない習慣
つまり、「無意識に行っている生活習慣、クセ」に注目することが重要です。
まず、日々の生活習慣を次の2つに分類しアセスメントします。
①(無意識に行っている)健康にとって良くない生活習慣は何か?
②(無意識に行っている)健康にとって良い生活習慣は何か?
①を改善する方法として、意識下に訴えるのは得策ではありません。
生活環境に対し工夫することが得策です。
極端な話に聞こえるかもしれませんが、長時間テレビを見る生活習慣の方は
テレビを無くせば良いということになります。
他にも、毎日違うデスクで仕事をする、書類の配置位置を変える、時々
部屋の模様替えをする、などなど、生活環境を変えることで意識せずに
日々の運動の様式や頻度が変わります。
②の(無意識に行っている)健康にとって良い生活習慣への工夫については
「健康に良いこと」を本人が自覚していない事実を考慮することが重要です。
「ヒトは自分自身に無自覚であるという事実に無自覚である」1)
この事を理解することが、私は生活習慣の見直しに重要であると考えています。
例えば、毎朝、庭の花壇に水を巻く生活習慣がある方がいるとします。
この方は、庭の花壇に水を巻くに「歩く」ということを自覚していません。
無意識に「歩いて」います。花壇に水を巻く為には、ジョーロに水をいれ
ジョーロを持ち、水をやる必要があります。姿勢は様々に変化し、当然、
からだは様々な筋力を使います。これは立派な運動です。
しかしながら、「運動をしている」ということを自覚していません。
□無意識に行う生活習慣やクセは意識的に変える事が難しい
「花壇に水を巻く」のは意識的に行うものではありません。
「花が好きだから」あるいは「長年の習慣だから」など、行為の動機
は無意識に芽生えています。
その為、意識的に動機をなくすこと、「花に水を巻く行為」を意識的に
制限させることは難しいと考えられます。
この性質をうまく活かします。
まず、この無意識に日々健康に良い事を行っているのだ、という事実
を自覚してもらいます。自覚してもらい、健康になる為には日常自然
と行っている習慣に対し、少しの工夫するだけでよいことを説明し、
運動に対する抵抗感をなくし、動機を高めます。
次に、それがいかに健康に良いかを説明し、さらに健康なからだになる
ためにできる工夫を提案します。
例えば
①一日の中で、花に水を巻く回数を増やす
②水を巻く時間をいつもより長くする
③ジョーロを持つ手を時々左右変えてみる
などなど、動作のバリエーションを工夫することを提案します。
④いつもと違うジョーロを使用してみる
⑤花壇の配置位置を少し模様替えしてみる
など、環境に工夫を加える提案も方法の一つです。
このような工夫を経て、初めてヒトは自分のからだや健康に対し
自覚するようになります。健康に対する意識の高まりは、新たな
動機を産み、新たな動機は無意識に行われる行動パターンを変化させ
そして健康なからだは形作られるものと考えます。
生活、運動習慣の見直しは無意識に行っている習慣(クセ)
に注目し、生活環境と習慣に対する工夫を行うこと
意識下に訴えるのは難しいことを理解しましょう。
引用・参考文献
1)池谷裕二著「脳には妙なクセがある」扶桑社 p260~281
2)Song,C,Qu,Z,Blumm,N,Barasi,Al. Limits of predictability in
human mobility.Scinence,327:1018-1021,2010
3)Brasil-Netro,JP,Pascual-leone,A,Valls-Sole,JCohen,LG,Hallett,M.
Focal transcranial magnetic stimulation and response bias in a
forces-choice task.J Neurol Neurosurg Psychiatry,55:964-966,1992
4) Oliveira,FT,Diedrichsen,J,Verstynen,T,Duque,J,Invy,RB.Transcrenial magnetic
stimulation of posterior parietal cortex affects decisions of hand choice.Proc
Natl Acad Sci USA,107:17751-17756,2010