ヒトのからだの中を「見る」
■からだの中を見ることの飽くなき探求心
かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチや、江戸時代に初めて
西洋(オランダ)の解剖書を翻訳、「解体新書」を発刊した
杉田玄白は、ご遺体の観察を積極的に繰り返したといいます。
ヒトのからだの中を見たい、物事の真理を知りたい、という
飽くなき探求心からでしょう。
古今東西を問わず、医療に従事する方にとって、如何にヒト
のからだの中を「見る」ことが念願であったかが分かります。
1895年、レントゲン博士が「X線」を発見。初めて、ヒトの
からだの中の「可視化」に成功します。その後、X線CTや
MRI、PETなど様々な検査機器が開発、からだの「可視化」※
技術は飛躍的に進みます。
現在、「生きたヒト」のからだの中を「見る」こと、つまり
は「可視化」することは、不可能ではなくなりました。
※「可視化」とは
直接「見る」ことができない現象・事象を
「見る」ことのできるもの(画像・グラフなど)にすること
■「肉離れ」を目で見ることは、実は難しい
私たちに馴染み深い「レントゲン」。実は、「レントゲン」
には「映りやすい組織」と「映りにくい組織」があります。
■映りやすい組織
:骨・肺・心臓・その他臓器(造影剤を入れると血管も可)
■映りにくい組織
:筋・筋膜・関節軟骨・腱・靭帯・脂肪組織
レントゲンでは、からだの組織の全てを「可視化」できません。
特に、筋や靭帯、腱などの「軟部組織(なんぶそしき)」と呼
ばれる組織を可視化する検査機器としては、不向きといえます。
した撮影手法であることから、検査時には少なからずの放射線
を被ばくすることになります。安全性の観点から、繰り返し検
査を行うことが制限されるという特徴もあります。
一方、軟部組織の観察を得意とする検査機器に「MRI」があり
ます。MRIは、筋や靭帯、腱などを可視化することに優れた機
器であり何より、放射線被ばくの危険性がなく、安全性に優れ
ます。
その為、筋や靭帯、腱などを損傷した際には、レントゲンでは
なく、MRIを用い、状態を「可視化」するのが良いと考えられ
ます。
しかし、「MRI」は大変高価な機器の為、検査には専門機関を
受診する必要があります。また、検査には予約が必要であり予
約状況により、撮影日まで日数がかかる場合もあることから簡
便性という点では、やや難ありといえます。検査費用も高額と
なりやすく、一般的な検査とはなかなかいえません。
「肉離れ」という言葉を耳にしたことがある方は多いと思いま
す。しかし、医療機関で「肉離れ」の状態を、実際に目にした
ことがある方は少ないのではないでしょうか?
実は、筋や靭帯、腱などの軟部組織を安全に、簡便に可視化す
ることは意外と難しいのです。
■軟部組織の観察に優れた検査機器 「エコー」
妊婦さんに用いる検査機器として有名なエコー。正式名称は
「超音波画像診断装置」といいます。
このエコー。実は、筋や靭帯、腱といった軟部組織の観察に用いる
ことが可能です。下の写真は、お腹の筋肉をエコーで観察した際の
写真です。
エコーには、次のような特徴があります。
☑ 筋や靭帯、腱といった軟部組織の観察に優れている。
☑ 放射線被ばくの危険性がなく、安全に、何度も、使用できる。
(妊婦さんに使用できる!)
☑ 撮影時間を必要とせず、簡便に撮影が可能。
☑ からだの動きに合わせ撮影することができる為、
からだの動きを可視化することができる。
このように、レントゲンやCT、MRIといった検査機器の弱点
を全てカバーできる、軟部組織の観察に最適といってもよい
検査機器、それが「超音波画像診断装置」、通称「エコー」
なのです。
尚、骨や関節、筋のことを「運動器」といいますが、妊婦さん
とは異なる使用をすることから、運動器の観察に用いるエコー
を「運動器エコー」と称します。
■軟部組織の可視化がもたらす、新たな局面
今まで困難であった筋や靭帯、腱などの軟部組織の可視化が
運動器エコーにより可能となった今、医学(特に整形外科領域)
は新たな局面を迎えています。
生きたヒトのからだの中を見る時代 から
生きたヒトのからだの動きを見る時代 へ
感覚に頼った軟部組織に対する治療 から
根拠に基づく軟部組織に対する治療 へ
根拠が明確ではない治療期間・治療頻度の説明 から
明確な根拠に基づく治療期間・治療頻度の説明 へ
軟部組織に対する運動指導の在り方が、大きく変わろうとしています。
からだへの飽くなき探求心、向学心、そして何より学問の成熟と社会
への貢献を信じ全力を費やしたレオナルド・ダ・ヴィンチや杉田玄白
のような気概をもって、運動器エコーによる軟部組織の可視化がもた
らす新たな世界を、自分なりに追及していきたいと考えています。
脳科学から考える生活習慣の見直し方
□生活習慣を見直し、日々運動することは容易ではない
いつまでも元気で健康にいる為には、生活習慣を見直し日々運動
することが大切であることは異論のないことと思います。
しかし「言うは易し、行うは難し」で、現実的には、生活習慣を
見直し日々運動することはなかなか容易ではありません。
「からだに良いのは分かっているのだけど、できない」
なんてことは、しばしばです。
なぜ、健康に良い事を自覚しているのに、それができないのでしょう?
□行動の80%以上はおきまりの習慣に従っている
池谷裕二氏著「脳には妙なクセがある」(扶桑社)に、大変興味深い
記述があります1)。なんと、私たちの行動の80%以上はおきまりの習慣
に従っているというのです。
Barabasi氏らの研究によると、5万人の方の携帯電話の使用履歴を3ヶ月間
に渡り調査し、移動のエントロピー(※無秩序さを表すパラメーター)を
算出すると、0.8ビットと少なくヒトの居場所は、日頃の行動パターンから
平均2ヶ所以内に絞ることができることが分かりました。2)
さらに、移動パターンをどこまで言い当てることができるかの予測率
(ファノ不等性係数)を計算すると、予測率はなんと93%、不規則な
生活の方でも80%を下回ることがなく、ヒトの移動パターンは80%以上
の高確率で予測できることも分かりました。2)
池谷氏いわく、私たちは自分の意思で行動しているように思われます
が実は、行動の大部分は環境や刺激、あるいは普段の習慣により
もたらされる「思考癖」により、すでに決まっているといいます。
□「何をしようか」と考えた時点で、すでに答えは決まっている
Pascual氏の研究報告3)4)によると、物を指でさすという課題において
「自分の意思で右手を選んだ」と自覚し右手で物を指す人に対し
本人が気づかない状況で右脳を電極で刺激すると、左手を多く使う
ようになりますが(左手は右脳が支配しています)、その際、人は
「自分の意思で左手を選んだ」と信じ込むようです。
また、「ボタンを押す」という行為の平均7秒前には、運動を
プログラミングする「補足運動野」が活動を開始し、「ボタンを押す」
準備を行い、その後、「押したい」という感情が生まれてから
ボタンは押される為、「意思」は補足運動野の活動の「後付け」
に生まれるものといえます。
つまり、意思決定権は自分(意識下)にはなく、脳(無意識下)
にあり、行動は「反射」に近しいというのです1)。
よって、脳科学の知見から物事を考えますと
「(意識して)、生活習慣を見直すこと」
「(意識して)、日々運動すること」
は、実は、相当難しい、あるいは不可能に近しいという事になります。
つまり、対象者が意識的に行っている(やらなければならないと強く
意識している、そんな意識している自分を自覚している)うちは
定着させることは難しいのです。
□無意識に行っている生活習慣に対する工夫を考える
健康に良い生活、運動習慣を定着させる為には、意識的に行っていない習慣
つまり、「無意識に行っている生活習慣、クセ」に注目することが重要です。
まず、日々の生活習慣を次の2つに分類しアセスメントします。
①(無意識に行っている)健康にとって良くない生活習慣は何か?
②(無意識に行っている)健康にとって良い生活習慣は何か?
①を改善する方法として、意識下に訴えるのは得策ではありません。
生活環境に対し工夫することが得策です。
極端な話に聞こえるかもしれませんが、長時間テレビを見る生活習慣の方は
テレビを無くせば良いということになります。
他にも、毎日違うデスクで仕事をする、書類の配置位置を変える、時々
部屋の模様替えをする、などなど、生活環境を変えることで意識せずに
日々の運動の様式や頻度が変わります。
②の(無意識に行っている)健康にとって良い生活習慣への工夫については
「健康に良いこと」を本人が自覚していない事実を考慮することが重要です。
「ヒトは自分自身に無自覚であるという事実に無自覚である」1)
この事を理解することが、私は生活習慣の見直しに重要であると考えています。
例えば、毎朝、庭の花壇に水を巻く生活習慣がある方がいるとします。
この方は、庭の花壇に水を巻くに「歩く」ということを自覚していません。
無意識に「歩いて」います。花壇に水を巻く為には、ジョーロに水をいれ
ジョーロを持ち、水をやる必要があります。姿勢は様々に変化し、当然、
からだは様々な筋力を使います。これは立派な運動です。
しかしながら、「運動をしている」ということを自覚していません。
□無意識に行う生活習慣やクセは意識的に変える事が難しい
「花壇に水を巻く」のは意識的に行うものではありません。
「花が好きだから」あるいは「長年の習慣だから」など、行為の動機
は無意識に芽生えています。
その為、意識的に動機をなくすこと、「花に水を巻く行為」を意識的に
制限させることは難しいと考えられます。
この性質をうまく活かします。
まず、この無意識に日々健康に良い事を行っているのだ、という事実
を自覚してもらいます。自覚してもらい、健康になる為には日常自然
と行っている習慣に対し、少しの工夫するだけでよいことを説明し、
運動に対する抵抗感をなくし、動機を高めます。
次に、それがいかに健康に良いかを説明し、さらに健康なからだになる
ためにできる工夫を提案します。
例えば
①一日の中で、花に水を巻く回数を増やす
②水を巻く時間をいつもより長くする
③ジョーロを持つ手を時々左右変えてみる
などなど、動作のバリエーションを工夫することを提案します。
④いつもと違うジョーロを使用してみる
⑤花壇の配置位置を少し模様替えしてみる
など、環境に工夫を加える提案も方法の一つです。
このような工夫を経て、初めてヒトは自分のからだや健康に対し
自覚するようになります。健康に対する意識の高まりは、新たな
動機を産み、新たな動機は無意識に行われる行動パターンを変化させ
そして健康なからだは形作られるものと考えます。
生活、運動習慣の見直しは無意識に行っている習慣(クセ)
に注目し、生活環境と習慣に対する工夫を行うこと
意識下に訴えるのは難しいことを理解しましょう。
引用・参考文献
1)池谷裕二著「脳には妙なクセがある」扶桑社 p260~281
2)Song,C,Qu,Z,Blumm,N,Barasi,Al. Limits of predictability in
human mobility.Scinence,327:1018-1021,2010
3)Brasil-Netro,JP,Pascual-leone,A,Valls-Sole,JCohen,LG,Hallett,M.
Focal transcranial magnetic stimulation and response bias in a
forces-choice task.J Neurol Neurosurg Psychiatry,55:964-966,1992
4) Oliveira,FT,Diedrichsen,J,Verstynen,T,Duque,J,Invy,RB.Transcrenial magnetic
stimulation of posterior parietal cortex affects decisions of hand choice.Proc
Natl Acad Sci USA,107:17751-17756,2010
積極的休養のススメ
■積極的休養(active rest)とは
あまり、聞き慣れない言葉かも知れません。
積極的休養とは、疲労回復を目的とした比較的強度の低い運動1)をいい、スポーツ場面で練習後に行う軽いランニングやストレッチなど、いわゆる「クールダウン」の事をいいます。
運動後に軽度の運動(積極的休養)を行う事で、からだの血液循環が良好となり、体内に蓄積された血中乳酸が早期に消失する為、疲労回復効果が高いと考えられています。
この積極的休養の疲労回復効果について、近年様々な研究が報告されています。
■積極的休養(active rest)の疲労回復効果
「内田-クレペリン検査」という検査法があります。
この検査は、簡単な一桁の足し算を1分毎に行を変えながら、5分間の休憩をはさみ前半と後半で各15分間ずつ合計30分間行います。全体の計算量(作業量)、1分毎の計算量の変化の仕方(作業曲線)と誤答から、受検者の能力面と性格や行動面の特徴を総合的に測定するという検査です。
2015年、本多氏2)は、この「内田-クレペリン検査」を用い、積極的休養の効果を調べました。30名の大学生を対象に、5分間の休憩の間に座位で5種類のストレッチングを実施した群(積極的休養群)と安静を保った群(安静群)との2群に分け、作業パフォーマンスや自覚疲労の変化について調べました。
すると、5分間5種類のストレッチングを実施した積極的休養群は、安静群に比べ、エラー率が低下、不快感得点が低く自覚疲労が回復する傾向にある事が分かりました。
また、和泉氏3)は、30名の大学生と大学院生を対象に、「暗算課題」を用いて積極的休養の効果を調べています。
先の報告と異なり、安静を保った群、積極的休養を行った群、積極的休養と安静を両方行った群の3群に分け効果を調べており、積極的休養と安静との組み合わせの効果について調査している点が興味深い点です。
結果、最も暗算の平均回答時間が短かった群は、積極的休養と安静を両方行った群であり、その次が安静を保った群、なんと最も平均回答時間が長かったのが積極的休養群であるという結果でした・・・。残念!
ただ、積極的休養課題に用いたのが右手での3分間のタッピング課題を、難しいと感じる被験者が多かったことから、積極的課題の負荷設定が効果に影響したのではと考察されており、どうも積極的休養の負荷が高いと逆効果になるようです。
■座位(座る)について考える
さて、私達日本人は、世界でも有数の座位中心のライフスタイルであることは別のブログでお話しました。
(ブログ「Sitting is the New Smoking」をご覧下さい)
これからの時代、からだを健康に保つ為には、「座る」という行為の理解を深め、座位中心のライフスタイルにおける、有効な積極的休養の在り方について考えることが大切です。
座位を理解する上で、理解しておくべき重要な点が1つあります。
それは、「座位とは運動である」いうことです。
私達のからだには、常に重力という外からの力が作用しています。
その為、座位姿勢を保つためにはまず重力という外力に勝たなければなりません。
その重力に打ち勝つ為の力源となるのが筋肉です。
■同時に求められる2つの課題
背筋を伸ばしきれいな姿勢で座った状態で時間が経つとからだ疲れるのは
「重力にうち勝ち座ること」と「背筋を伸ばして座ること」
これを2つを同時に腰や背中の筋肉がこなしているからです。
猫背の姿勢が楽なのは、後者の背筋を伸ばすことをやめ、筋膜や関節包、靭帯などの非収縮性要素と呼ばれる組織に姿勢を委ね、重力と戦うことを放棄するためです。
■腰部へのストレスを分散させる為に、動き続けないといけない
さらに、じっと止まった姿勢のままであれば、背中や腰の筋肉に循環障害が生じ疲労物質が蓄積され、かつクリープ現象(椎間板から水分が脱出し、椎間板が変性、強度を保てなくなる現象)が起こり、更に筋が負担を感じ、痛みが増悪するという悪循環が生じます。
その為、座っている時には、
腰部へのストレスを分散させるために、実は小刻みに動き続けています
以上のことより、(どれだけ動いていないように見えても)座位とは運動であると捉える必要があります。
■座位に対する積極的休養、それは「寝ること」
座位時間が長いということは、座位という運動を長時間続けていることを意味します。
例えるならば、フルマラソンを行っているようなイメージでしょうか。とにかく腰や背中の筋肉は疲労困憊、もはやこれ以上の力発揮は難しい、という状態の一歩手前かもしれません。
さぁ、そんな状態で積極的に運動を行うとどうなるでしょう?
余計に筋肉はストレスを受け、かえって痛みが強くなるのかも知れません。
先の報告で、積極的休養には、5種類のストレッチが有効であったと紹介しました。
ストレッチングとは、筋肉を一定時間伸長することで筋肉を弛緩させ、循環状態を改善し疲労回復効果を期待するアプローチです。
つまり、「腰や背中の筋肉を積極的に休ませることが有効」と報告しています。
まさに、積極的休養!ただし、冒頭のような軽運動ではなく、安静ですが。
しかし、筋肉を休ませることが有効であるならば、ストレッチよりももっと効率的で楽な方法があります。それは・・・
何もせずに上向きで寝ること です
横にねる、たったそれだけで、からだは重力と戦う必要性から解放されます。
座り続ける為に頑張り続けた腰や背中の筋肉はお役御免、休むことができます。
それだけではありません。なんと、背骨を支える大事な組織である、椎間板の内圧も座位姿勢時に比べ、約6分の1まで低下することが報告されています4)。
もし、30分~1時間座り続けているならば・・
たった、5分間で良いので、仰向けで寝るようにしてください
ただし、同じ寝る行為であっても、座ったままでは椎間板内圧が高い状態のままとなっていますので、椅子ではなく、仰向けでからだを休めるようにしましょう。
積極的に腰や背中の筋を休養させることで、筋は収縮効率が回復し、また、座って重力と戦うことができるようになります。
ちなみに、背筋を伸ばして座ると自分自身に対する自信が高まることが報告されています5)。
大事なプレゼンテーションの 前に、たった5分に寝るだけで
試合の控えの場面で、たった5分、寝た状態で試合を観戦するだけで
受験が大詰めを迎え、集中して勉強したい時に、勉強の合間にたった5分寝るだけで
あなたの人生が大きく変わるかもしれません。
座位における積極的休養の在り方とは、短時間、高頻度に寝ることで、積極的に腰や背中の筋肉を休ませることであると、私は考えます。
文献
1)弘 卓三・森田恭光(編)スポーツ・健康科学テキスト 杏林書院 pp. 80-90
2)本多麻子.積極的休息による作業課題のパフォーマンス改善と 自覚疲労の回復効果. 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015)
3)和泉光保.暗算における積極的休息が暗算作業量に及ぼす影響について 近畿福祉大学紀要 , 8, 139-144.
4)菊池臣一:腰痛,49-108.医学書院,2003
5)Brinol,P,Petty,PE,Wagner,B.Body posture effects on self-evaluation:A self-validation approach cartoons.Eur J Soc Psychol,39:1053-1064,2009
Sitting is the New Smoking
■座ることとは、タバコを吸うことと同じ?
これは、CADソフトウェアメーカーであるオートデスク社の元幹部であり、ビジネスライターのニロファー・マーチャント氏の言葉です。
氏は喫煙にも似た「座りすぎ(Too much sitting)」の危険性を提唱しています。
氏によると、人が座って過ごす時間の長さは一日平均9.3時間にもなり、平均睡眠時間の7.7時間より長く、長時間座った状態が中心のライフスタイルを続けると、乳がん、結腸がんは10%、心臓病は6%、II型糖尿病は7%、発症リスクが高まるといいます。その為、氏は、会議室でのビジネスミーティングをやめ、散歩をしながら会議を行う「ウォーク&トーク・ミーティング」という手法を推奨しています。
■座位時間と健康との関連性
氏が座位時間の危険性を提唱する理由には、座位時間と健康との関連性が近年注目され、様々な事実が明るみになってきた背景があります。
Van氏ら1)は,一日の総座位時間が 4時間未満の成人に比べて、4~8時間、8~11時間、11時間以上と長くなるにつれて総死亡リスクが11%ずつ高まることを報告しました。
この報告が興味深いのは、WHO(世界保健機関)が推奨する身体活動量に満たっていても関係なく総死亡リスクは高まった結果にあります。同じような報告が他にもあり、Matthews氏 ら2) の報告によると、余暇に週当たり7時間以上の中高強度の身体活動を実施していても、関係なくテレビ視聴時間が1日7時間以上の成人は、1時間未満の成人と比べて総死亡リスクが47%,冠動脈疾患死亡リスク は2倍も高かったとされています。
つまり、余暇の高強度の運動が習慣化されていても、日々の座位時間が長ければ、運動習慣に関係なく死亡リスクは高まるというのです。
■日本人は「座り過ぎ」な国民である
実は、私達日本人は、世界の中でもかなり「座り過ぎ」な国民である事が2011年に明らかになりました。
Bauman氏ら3)の報告によると、世界20カ国(先進7カ国を含む20カ国)の一日の平均総座位時間が300分(=5時間)であるのに対し、私達日本人はなんと、420分(=7時間)であったが判明しました。これはサウジアラビアと並んで20カ国上最長の時間という結果でした。
一日の平均総座位時間が7時間。睡眠時間が平均7時間と考えた場合、起きている時間、すなわち覚醒時間は17時間ですので、座位時間が7時間でも10時間が座位時間ではなかったと考えると、なんとなく健康に問題ない時間のようにも思えます。しかし、一概にはそうは言えなさそうです。
■驚くべき「座位行動」の事実
Owen氏ら4)~5)は、米国やオーストラリアでの成人の一日覚醒時間における中高強度および低強度の身体活動および座位行動に費やす時間を詳細に調べました。
座位行動とは、「座位および臥位におけるエネルギー消費量が1.5メッツ以下のすべての 覚醒行動」と定義されています6)。
ここで、メッツについて確認しましょう。
メッツとは、エネルギー消費量を示し、日常生活における様々な動作のエネルギー消費量を換算する為の指標です。
例えば、料理や洗濯などの家事動作、洗顔や歯磨きなどの整容動作は2.0メッツ、散歩や軽い自転車エルゴメーターは3.0メッツ、掃除機での掃除は3.5メッツ、スイミングは6.0メッツ、テニスは7.0メッツという具合です。
今回の研究で指標となった1.5メッツとは、ジャグジー、座位でのオフィスワーク、乗り物での移動、食事などとされています。
つまり、座位行動とは、ジャグジーや座位でのオフィスワークと同等あるいはより少ないエネルギー消費量で行われる覚醒行動ということです。
では、結果を発表しましょう。
米国やオーストラリアの成人では
覚醒時間における中高強度の身体活動(3メッツ以上)の実施状況はわずか5%
低強度の身体活動(1.5~3メッツ)実施状況が35%~40%
なんと、55~60%は座位行動(1.5メッツ以下) が占めているという結果となりました。
つまり、覚醒時間の約6割がジャグジーや食事、座位でのオフィスワークと同等あるいはそれ以下のエネルギー消費量で行われる行動であったというのです。
あくまで米国とオーストラリアでの研究結果の為、私達日本人も同様と考えて良いかは意見が分かれるところですが、私達日本人が、映えある(?)世界20カ国で最長の座位時間を誇る状況である事と考えますと、同等あるいは更に座位行動の割合が多い可能性すら覚えます。
■ワークステーションの導入
米国では、仕事中の座位時間の減少を目標に、オフィスにおいて立っても座っても使用できる昇降式のデスク「ワークステーション」の導入が試みられています。
このワークステーションを1週間使用すると仕事場での座位時間が143分低下、覚醒時の座位時間が93分低下、終了後も効果が3ヶ月持続、更にHDLコレステロールが減少したとする報告7)や、同様にワークステーションを4週間使用し、仕事中の座位時間が66分/日低下、腰背部痛、頚部痛、気分状態などの主観的健康状態が改善したとする報告8)があり、座位時間の減少への有効性が報告されています。
私達は、技術革新に伴う生活環境や仕事環境の変化により、いつの間にか二足歩行動物ではなく、「二足座位動物」へと変化してきています。まさに今、健康指導に関わる全ての皆様に、座り過ぎがもたらす健康障害の認識を高める教育の普及と、効果的な解決法の確立が求められています。
文献
1)van der Ploeg HP, Chey T, Korda RJ, et al. Sitting time and all-cause mortality risk in ₂₂₂,₄₉₇ Australian adults. Arch Intern Med.2012;172:494-500
2) Matthews C, George S, Moore S, et al. Amount of time spent in sedentary behaviors and cause-specific mor tality in US adults. Am J Clin Nutr..2012;95:437-445
3)Bauman AE, Ainswor th B., Sallis J, et al. The descriptive epidemiology of sitting. A 20-country comparison using the International Physical Activity Questionnaire (IPAQ).Am J Prev Med. 2011 Aug;41(2):228-35.
4)Owen N, Healy GN, Matthews C, et al. Too much sitting: the population health science of sedentary behavior. Exer Sport Sci Rev.2010;38:105-113
5) Owen N, Healy GN, Howard B, et al. Too much sitting: Health risks of sedentar y behaviour and opportunities for change. Research Digest published quarterly by President's Council on Fitness, Sports & Nutrition.2012;13:1-11
6)Sedentary Behaviour Research Network. Standardized use of the terms "sedentar y" and "sedentar y behaviours". Appl Physiol Nutr Metab.2012;37:540-542
7)Alkhajah TA, Reeves MM, Eakin EG, et al. Sit-stand workstations: a pilot intervention to reduce office sitting time. Am J Prev Med.2012:43:298-303
8)Pronk NP, Katz AS, Lowry M, et al. Reducing occupational sitting time and improving worker health: the Take-a-Stand Project, 2011 Prev Chronic Dis,2012;9:E154
腰が痛い時は冷やす?温める?
■腰が痛い時は、冷やすべきか、温めるべきか?
腰が痛いときに、患部を冷やした方がいいのか、温めた方がいいのか、対処に悩む方も多いのではないでしょうか。
2012年に発行された「腰痛診療ガイドライン」1)では、急性腰痛に対する温熱療法の効果は「Grade B」、すなわち「行うように推奨する中等度の根拠に基づいている」という、上位より2番目に高い位置づけとなっています。
一方、患部を冷やすことの効果、つまりは急性腰痛に対する寒冷療法のエビデンスは存在しません。よって、ガイドラインに従えば、冷やすよりも温めた方が良いということになります。
Nadler氏が2002年に報告した研究2)によると、急性腰痛患者に対し、ヒートラップと呼ばれる腰部の表面上を温める効果のある温熱パックを使用したグループと、鎮痛薬を使用したグループとで鎮痛効果を比較検討したところ、ヒートラップを使用した方が、鎮痛効果が高い事が判明しました。
更に翌年、経口プラセボ薬(偽薬)との比較検討したところ、ヒートラップを使用した方が、プラセボ薬を服用するより、鎮痛効果が高い事が判明しました。3)
■セオリーとは異なる事実と注意点
この事実は、痛みが強いいわゆる急性期の対処方法のセオリーとは真逆です。
セオリーでは、炎症の急性期においては、患部の出血や浮腫の発生を極力少なくし、痛みと周辺組織の二次的損傷を抑止することを最優先する為、温めるよりも冷やした方が良いとされています。
しかし、意外なことに急性腰痛に対する寒冷療法のエビデンスは存在せず、逆に温めた方が良いというのです。
とはいえ、患部が赤みを帯び、熱を持っている、安静にしても動かしても激痛がある、など明らかな炎症の急性期においては、温めることで症状が余計に増悪する危険性があり、お勧めできません。
急性期の温熱療法については、患部が熱を持っていない、安静にしていると痛みが落ち着く場合において、使用中の患部の状態変化に充分注意を図りながら、行うことをおすすめします。また、対処法に悩んだ場合は自己判断ではなく、医療機関に相談へいくようにしましょう。
<文献>
1)腰痛診療ガイドライン2012(日本整形外科学会、日本腰痛学会監修,南江堂)
2)Nadler SF, Stainer DJ,Erasala GN.Continuous Low-level heat wrap therapy provides more efficacy than ibuprofen and acetaminophen for acute low back pain.Spine.2002;27:1012-7
3)Nadler SF, Stainer DJ,Erasala GN. Continuous Low-level heat wrap therapy for training acute nonspecific low back pain. Arch Phys Med Rehabil.2003;84:329-34
腰痛予防にコルセットは有効か?
■コルセットの腰痛予防効果はよくわかっていない
雑誌やテレビで、軟性コルセット(以下、コルセット)はよく紹介されますし、肉体労働をされる方の中には、腰痛を予防する目的で習慣的にコルセットを使用される方も少なくありません。
しかし、実は、コルセットの腰痛予防効果については、よく分かっていません。
2012年に発行された「腰痛診療ガイドライン」1)によると、コルセットの腰痛予防効果は「Grade I」、すなわち「複数のエビデンスがあるが結論が一様ではない」という、最も推奨度が低い位置づけとなっています。
Van氏ら2)は1998年、重労働者を対象にコルセットの腰痛予防効果を確かめるべく、次の実験を行いました。
まず、次の4つのグループを設けました。
①コルセットを装着したグループ
②腰痛予防教室に通ったグループ
③コルセットを装着し、腰痛予防教室に通ったグループ
④いずれも行わなかったグループの4つです。
6ヶ月間の調査の結果、6ヶ月以内に腰痛が発生した確率は、コルセットを装着したグループで36%、装着しなかったグループでは34%と、差がない結果となりました。
一方、介護職員360名を対象としたランダム化比較試験による調査結果によると、腰痛予防教室のみのグループに比べ、腰痛予防教室とコルセットを装着したグループの方が、腰痛を有した期間が短く、腰痛の再発予防に有効であったとする報告2)もあります。
このように、コルセットの腰痛予防効果については一様ではなく、結論づけられておりません。
■コルセットを装着する意義
コルセットを装着すると、回旋運動を除き、腰椎全体の動きが制限されるといわれています。もし、腰痛の原因が腰部の軟部組織(筋や関節、靭帯など)の損傷であるならば、損傷が回復するまでの一定期間は、できる限り損傷した組織にストレスを加えるのは避けなければなりません。
その為、急性炎症期とよばれる腰痛発症より約1週間は、できる限り損傷部位へのストレスを避ける目的でコルセットを使用することが望ましいと考えられます。
また、腰部の病気が重度であり、治療上の理由(例.椎体の厚潰進行の予防、骨癒合の促進等)により、コルセット着用が医師より求められる場合もあります。この場合は着用の仕方や着用期間について専門的な見方が必要となる為、医師や理学療法士とよく相談する必要があります。
腰痛があり、コルセットを着用するべきか悩んだ際には、悩まず専門家に相談しましょう。
<文献>
1)腰痛診療ガイドライン2012(日本整形外科学会、日本腰痛学会監修,南江堂)
1)Van Poppel MNM,koes BW,Van der PloegT,Smid T,Bouter LM.Lumber supports and education for the prevention of back pain in industry.JAMA.1998;279:1789-94
2)Roelofs PD,Bierma-Zeinstra SM,Van Poppel MN,wt al:Lumbar suppoets to prevent recurrent low back pain among home care wolkers: a randmaized traial.Ann Intern Med 147(10):685-692,2007
腰痛と脊柱の回旋可動性との関係
■脊柱の回旋運動の非対称性が注目されている
「見た目のからだの左右非対称性と腰痛とは、関連性が低い」
からだのゆがみは腰痛とは関連は低いことは前述のブログのとおりです。
加えて、研究が進むにつれ、どうやら、脊柱の回旋運動の非対称性が、腰痛と何らかの関連性があるらしいということが分かってきていました。
Al-Eisa氏ら1)2)が2006年に報告した論文です。
座位や立位姿勢における脊柱(胸椎・腰椎)の回旋運動の非対称性と腰痛との関連性について調べたところ、腰痛になる人は、胸椎の回旋可動性が少なく、腰椎の側屈運動と回旋運動の非対称性が健康な人よりも大きいことが、判明しました。
からだの回旋運動において、脊柱の占める可動範囲はおよそ90°とされています。
そのうち、胸椎の回旋可動性は35°、腰椎の回旋可動性は5°程度です。
胸椎の回旋可動性が低下すると、その低下した分、腰椎が過剰に回旋運動を行う可能性があります。その逆もまたしかりです。
胸椎と腰椎とは、お互いが支え合う関係、つまりは補完関係にあります。
脊柱の回旋運動の可動性が左右非対称であれば、腰痛が起こり得る危険性が高いことから、腰痛の危険性を評価する際に、脊柱の回旋運動の非対称性に注目することが非常に重要であると考えられます。
■脊柱の回旋運動の非対称性の見分け方と運動指導のポイント
それでは、ここで脊柱の回旋運動の非対称性の見分け方を紹介しましょう。
①まずは、背筋を伸ばし、顔は正面を向け胸に手を当てた状態で座ります
②次に、頸部を動かさず、胸部のみを左右にゆっくりと回旋させます。
③左右どちらかに胸部が回旋しやすいかに注目します。
片側に過剰に回旋する、あるいは、両方ともに充分回旋しない場合は、いずれも腰椎に正常とは逸脱した過剰な動きが求められる為、腰痛を引き起こす危険性があります。
次に、脊柱の回旋運動の非対称性を改善する為のアプローチ方法を紹介します。
①まずは仰向けに寝た状態になります。
②胸部が回旋しにくい側(右側に胸部を回しにくいと感じた場合、右側の手)の手を頭の後ろに回し、上半身を回旋しやすい側へゆっくりと倒します。
※からだを正面から観察すると、ちょうど「くの字の姿勢」となります。
③その状態から、鼻から息を吸い、口からはく深呼吸を10回程度行います。
※全身の力を抜きリラックスした状態で、大きく胸を広げるように呼吸しましょう。
この深呼吸の繰り返しにより、肋骨の可動性や脊柱の可動性を改善します。
深呼吸を終えましたら、再度、胸部を回旋させるように動かしてください。
回旋しにくかった方向に胸部が回旋しやすくなるのが実感できると思います。
胸椎の回旋可動性を高めることは、腰椎の過剰な運動が制限され、腰痛の発症を予防することに繋がります。
左右両方向に回旋する動きが少ない場合は両方10回、動きの左右差がある場合は、回旋しにくい側を10回多く実施するようにしてください。 簡単にでき、腰痛予防効果の高い運動です。是非、お試し下さい。
<文献>
1)Al-Elsa E,Egan D,Deluzio K,Wassersug R.Effects of pelvic asymmetry and low back pain on trunk kinematics during sitting:a comparision with standing.Spine.2006;31:E135-43
2)Al-ElsaE,Egan D,Deluzio K,Wassersug R.Effects of pelvic asymmetry on trunk movement:three-dimensional analysis in healthy individuals versus patients with mechanical low back pain. Spine.2006;31:E71-9.